love holic 渓「PILTER」サンプル


 熱心にクロスワードを解いていたジャンが不意に顔を上げた。
 仕事の息抜きと称して暇を見つけてはジャンが取り組んでいるそれは、中の上程度のジャンクペーパーの片隅にある懸賞付きのものだ。今回はアイスがパイントで当たるらしい。詳しくは引換券が、だが。
 それくらい買ってやると言ったルキーノの呆れた声には、「こういうのは当てるからいいんだろー」なんて暢気な答えが返される。まったく、ラッキードッグが何を言ってるんだか。
 唇を尖らせながら、ああでもないこうでもないとうんうん唸っていたジャンは、何かに目を奪われたようだった。記事の上辺りをまじまじと瞬きもせずに見つめている。
「どうした? この暑さで署長の野郎がくたばった、なんていう朗報でも載ってるのか?」
「……え? や、そんなんじゃないけどよう」
 ルキーノの声にジャンは、慌てた様子で手を振った。
(――ん?)
 片眉を上げ、ジャンの顔をまじまじと見る。てっきり話に乗ってくるかと思ったのに、これはどうしたことだろう。ここから覗くジャンのうなじは段々とその面積を増やした。顔から盛大に吹き出ているであろう汗が、目に見えるようだ。
 腕を組んだルキーノと怒られた犬のように頭を下げるジャンの間に沈黙が落ちる。フンと鼻を鳴らし、トントンと人差し指で己の肘の内側を叩いた。それはルキーノが苛立っているときの合図だと、ジャンは信じている――ことをルキーノは知っている。実際は本当にそういう時もあったりわざと見せつけたりと色々なのだが。
 豪奢な金髪が机へと向かって垂れ下がっていく。それでもルキーノは返事を待ち続け――マホガニーで出来たピカピカの表面に額をぶつけるかというところでようやく、ジャンは渋々と一つの記事を指した。
「えっと、その……ほら、こ、これがさあ」
 細っこい指がつつくのは、クロスワードの上、小さな小さな穴埋めのような記事だった。ひょいっとジャンの上に大きな影を差した。
「なになに…『巷で大流行! 冷たいチョコレートはいかが』………なんだこりゃ」
「そ。おねーちゃんたちの間でチョコレートが流行ってんだって、さ」
 なんだそりゃ。
 ルキーノは眉をしかめた。このくそ暑いのに、熱でどろっと溶けるチョコレートが流行とは。自分にはよくわからないチョイスだった。好奇心旺盛な部下ならまた、違うのだろうが。
「なんでまたそんな溶けるもんが…」
 さあ? とジャンもすっとぼけたような顔で両手を仰ぎ、肩を竦めてみせた。
「おまえ、食いたいのか?」
 あんな顔で見てたってことは、そういうことなんだろうか。だがジャンは、余り気乗りしなさそうにがりがりっと鉛筆の後ろで頭をかく。
「んー、まあそういうわけじゃないんだけど…。あ、チョコレートアイスは別だぜ? もーこんなあっつ〜い日につめたーいアイスとかサイコーなんだけど?」
 そんなことを話してはいるが、去年の空調異常からこっち、眼鏡の幹部筆頭殿が面子にかけて取り組んでくれたおかげで、CR:5――もとい、DPSの本社は快適生活だった。おかげで今日のような真夏日でも、安心して仕事に取り組むことが出来る。
 もちろん、ここ、ジャンの――ボスの私室も絶好調に空調は稼働中。部屋をキンキンに冷やす代わりにと、外にどんどん熱を排気していた。おかげで廃熱機には誰も近づきたがらない有様だ。スーツを着込んだ黒服では、半時間もすればへばっちまうからだった。それに比べりゃ、ここは天国、といったところだろう。
 その代わり、こんな日に外回りとなれば、貧乏くじをもろに引いてしまった気分になるのだけれど。
 ルキーノは手首にはまったカルティエを確かめた。
 約束の時間まであとちょっと、ってとこか。ルキーノの運の悪さを称えるように、窓の外は、燦々とこれでもかといわんばかりに照りつける太陽の姿。雲一つない空。ルキーノがいくら夏生まれだとはいっても、こればっかりはうんざりだ。
 しかしそうは言っても、時間は待ってくれない。ネクタイを締め直した。
 ジャンが顔を上げた。
「もうそんな時間け?」
「ああ。その、チョコレートが流行ってそうなシニョーラたちに囲まれてくるさ」
 ちらりとジャンが胡乱そうな目で窓を見て、げんなりしたような顔を見せる。
「ガーデンパーティ、だっけ? こんな時期に正気の沙汰じゃねえよ」
「紳士淑女ってのは、どんな時でも温度を感じさせないのが当たり前なんだそうだ。――とはいっても、さすがにこの気温だ。外は諦めて、庭にテラス席を設置して、中でやるんだそうだ。第一、人ごとだと思ってんじゃねえぞ。「ボスは都合が合いませんでした」で今回は済んだが、次は間違いなくおまえにも話が回ってくる。覚悟はしとけ」
 うえー、とジャンが悲鳴とも呻きともつかない声を上げた。その頭を宥めるように手を載せ、髪の毛を梳く。キラキラとこぼれ落ちる金糸が、たまらなく美しい。出会ったときとは大違いだ。
「ま、これも、仕事のうちだ。いい経験になるんじゃないか?」
「じゃあその経験、先に積んできて下さいな」
 ひょいっとジャンがリップ音を立てて唇を合わせた。いつの間にか交わされるようになったそれ。ルキーノもチュッと鳴らし、ついでに唇の表面を舐め回す。上目遣いで睨まれるが、目許が赤くなっていては意味がないってことを、いつか効果的に教えこんでやろう。具体的に言うと、今日の夜とかに、だ。
「それじゃあ、行ってくる」
「はいはーい、行ってらっしゃーいん」
 ジャンが手を振って送り出してくれる。それは扉が閉まるまで続きパタンと閉まった扉の奥で、ジャンが電話に飛びついたことと――、まさかこの会話が自分の行く末を暗示していたなんて、ルキーノもジャンも、気付くことはなかった。


 <中略>


「ルキーノ。アンタ、どうしたんだよ?」
「……チョコレートだよ」
 原因だけを告げたって、ジャンにはわかるはずもないだろう。首を傾げるカポが何かを紡ごうとする前に、その口を塞いだ。
 温かい口腔。料理中だったのだろうか。微かにジャンの舌に残るトマトの味を全て舐め上げる。舌を擦って、絡ませる。唇と舌、捕食する場所。そこで合わせているだけなのに、それがとてつもなく気持ちいい。もっと、もっとジャンが欲しい。
 このまま食らい尽くしそうなまでに凶暴な衝動のまま、ジャンの唇を味わう。唾液を交換する濡れた音だけが部屋に響く。
 空いている手でジャンのシャツを引っ張れば、簡単にボタンが飛んだ。びくり、とルキーノの体の下でジャンが一瞬身動ぐが、それだけ。シャツを掴んでいた手が、ルキーノの太い首に回される。
 ぐりっと、先ほどの想像のように乳首を指の腹で潰せば、合わせた唇がずれて、嬌声が漏れた。
「うっ……んんっ」
 はふっとジャンが息を継ぐ。ルキーノは外れた唇をそのままジャンの口周りに這わし、零れた唾液を舐め上げた。
 はふっと漏れる息。甘さの籠もる声が落ちる。
「……ア、ンタ…チョコレートの、におい、がする」
「お前は、トマトだな」
 感想を言って、今度は首筋にかじりついた。一度出しておいてよかった。でなければ、今のようにジャンを味わうことなんて、出来なかっただろう。啼かせるのは好きだが、痛いと本気で泣かせるようなのは、好みではないのだ。
 ああ、でも。
 ガリッと鎖骨に歯を立てれば、白い肌に血がにじんだ。とくとくと感じる鼓動と体温。ジャンを構成する赤を舐めれば、それはひどく甘く感じた。
「……っ!」
 傷口を舐めれば、ピリッとした痛みがジャンを襲ったのだろう。ビクッと体が跳ねる。宥めるように、同じ箇所へとキスを落とし、今度は胸の飾りを口に含んだ。
 コリッとした触感。最初は小さな粒のようだったそこも、丹念にルキーノに弄られてからは、みるみる大きくなった。今では立派にジャンの感じるところの一つだ。
 弾力を確かめるように、軽く歯を立てる。乳首が硬くなるのと同じに、ジャンのズボンの前ももたげ始めている。
「……ル、キーノ…」
 ごそりと、ジャンが身動いだ。太腿を合わせようとするが、間にはルキーノの巨体が入っているため、叶わない。ジャンがルキーノがシーツについた脚に、ねだるようにこすりつける。
「なあ、…ルキーノ………」
 声は甘さばかりだ。あのとき食べさせられたチョコレートなんかよりもずっと甘く的確に、ルキーノの熱を煽ってくる。
「う、わっ!」
 無言でズボンをジャンの脚から引っこ抜いた。そのまま膝裏に手を入れ、持ち上げる。ピンッと下着の間から、ジャンのペニスが見えた。形状はルキーノよりは小さくとも、負けず劣らず、切羽詰まった様子だ。
「すごいこと、なってるな…。ビンビンじゃねえか」
「人のこと、言えんのかよ…。さっき出したくせに、アンタのもすげえこと、なってるぜ?」
 ニヤリと目の前の口角が上がる。それが虚勢だってことはお互い知っている。
 伸ばした手でジャンのペニスを擦り上げた。
「ジャン…俺のも……触って、くれよ」
 ん、と鼻の抜けた声がして、羽毛でも触れたような軽いタッチ。それから大きさを確かめるように、ルキーノのモノは両手で包み込まれる。掌全体で擦るように動かされ、掌の柔らかさが気持ちいい。
「ふぇ? えっちょっ…」
 ドクリ、と下半身の奥が重くなったかと思うと、白く粘っこい飛沫が飛んだ。それはジャンの手や互いの腹を汚す。
「……いくらなんでも、アンタ…これは…」
 驚き見開かれた目。いつもよりずっと早い放出に戸惑っているのだ。問いかけるようにこちらを見てくるが、チュッとこめかみにキスを落とせば、その視線はすぐに閉じられた。
「仕方ないだろう。お前が、欲しいんだよ」
 信じられないくらい甘い声になった。そうだ、うずいている間もずうっと考えていたのはジャンのことだった。――ずっと、コイツをぐちゃぐちゃにすることしか頭になかったのだ。
「ふぅ、あっ…そ、こ……ちょっ…」
 出したばかりの種をすくい上げる。右手の人差し指と中指に、親指でなすりつけた。意図することは一つだ。そのままもう片方の腕で、ジャンの脚を持ち上げた。
 後孔が外気に触れ、ひくり、と誘うようにひくついた。
「触って欲しい、って言ってるな…」
「ふぅ、んっっ……はっ」
 ぐりっと、遠慮なく二本を突っ込めば、既に慣らされている穴は抵抗なくそれを飲み込んでいく。ぐぷっと鳴るのは、空気と精液が混じり、ジャンのそこがルキーノの指を食べる音だ。







冒頭部分とR18部分です。