『SEX PISTOLS』Wパロ |
|
ここ数日、妙に変な気分になることがある。 煙草を口にしながら、ルキーノはちらりと横にいる猿―――もとい、金髪の男を見つめた。 「な、何だよう?」 ルキーノが不機嫌そうに見えたのだろう。横にいる金髪でしましまの囚人服を着たジャンカルロは、一瞬たじろぎながら、それでもちゃんと目を合わせ尋ねてくる。こういうところは大変好ましい。 「いや、別に」 興味なさげにそう呟けば、訝しげな顔をされた。全く。それはこっちがお前に贈りたいところなんだが。 落ち着かない気持ちを誤魔化すように、まだまだ残っている煙草を握りつぶせば、横から勿体ねえ!と悲鳴のような声が上がった。 ここは、マジソン刑務所。信じられない話だが、今、CR:5は幹部5人のうち4人までもがとっ捕まって、このままでは壊滅の危機に立たされている。 それに一発逆転の楔を打ち込むため、ボスが寄越した切り札が、このジャンカルロなわけだが…。 (どう見たって、―――猿、だよな?) 事もあろうにこの男は猿人だった。時々揺らめいて見えにくくなるときもあるが、わざわざ無理に覗くような、マナーを怠る真似などせずともわかる。伊達にルキーノだって猫又の重種ではないのだ。 ジャンの姿は猿以外の何者でもない―――ハズなのだが。 (それをカポ、ね。ボスも一体、何を考えてんだか) ふとわき上がる疑念は、そっと押さえ込む。しかし猿人が次期カポなど、役員会の反発が今から目に見えるようだ。あのイヴァンですら、イタリア系ではないにしろ斑類の重種だからカポ・レジームにつくことを許されたようなものだ。なのに。 ちらり、とジャンを見ると、また目が合った。首を傾げて、何?と聞いてくる仕草はこんな場所には似つかわしくなく、ガキそのもので。 しっしと手で払うと、ムッという顔をするが傍を離れようとはしない。一体、何をそんなに気に入られたのだか。斑類ならともかく、猿でしかも男に気に入られる要素なんて、ないはずだ。 しかし、こんな風に並んで何とはなしに過ごす日も、もう四日。そう、四日目になる。 「それで?準備は整ったのか?」 「あ?ああ。それはご想像にお任せします」 期限が近づいている、何を,、とは言わずとも通じる会話。それをジャンはしれっと誤魔化しやがった。話す必要はないと言うことだろう。 来週になればジュリオが移管される、そんな噂を聞いている。もう日はないはずだ。今日明日には実行に移さねば、間に合わないだろう。それで、この余裕。はったりなのかどうなのか…。どちらにしてもルキーノたちの運命はこの男に預けるしかない。 フンッと鼻を鳴らす。それとともにジャンから、気になる臭いが立ちこめた。ルキーノは思わず一歩、距離を取った。 「何だよ、いきなり」 「……お前、シャワーくらいは、浴びてるんだろうな?―――何か、臭うぞ」 「…それはまあ…………それもご想像にお任せしマス?」 「ああ!?何だ、それは。つまり入ってないって言ってるも同然じゃねえか!―――これ以上近寄るな。しっしっ」 右手に人差し指を当てて首を傾げ、可愛く笑って見せたつもりだろうが、俺は騙されないぞ。 さっきとは打って変わって、本気でジャンを遠ざける。ライオンの鼻は犬ほどではないにしたって、悪くもないのだ。こんな悪臭、気になって仕方ない。 ひでえ、と苦笑しながら、ジャンはルキーノから少しだけ距離を取った。それでも、それ以上離れる様子はないようだった。 「なあ。そんな、気になる?」 「気になるから言ってんだ。それに、お前の髪。脂でぺったりになっちまって…。せっかくの金髪もこうなったら台無しだな。勿体ない」 ジャンの髪に手を伸ばしかけて、止めた。女がハンカチを噛みしめてうらやましがりそうな金髪を持っているくせに、何でこんな無頓着なんだか。俺がこいつの相手なら、間違いなく毎日綺麗に整えて、横に据えてずっと眺めているというのに。 そんなこっちの心中など知らないジャンは、自分の髪を持ち上げて、そんなもんかねーとか呑気なことを抜かしてやがる。 そういえば。ほんの二日ほど前、この見事なまでの金髪を、目の前で拝んだことを不意に思い出した。ジャンがルキーノの地雷を思い切り踏んづけた時のことだ。 昔の―――事を持ち出されて、何かが切れる音がしたのを鮮明に覚えている。気付けば、ジャンを壁に押しつけて食い殺しそうな勢いで迫っていた。あの時他の幹部や他の斑類が通りかかったなら、ライオンが人を襲っているように見えただろう。魂現を押さえることも出来なかった。 目の前で揺れる金髪が、さらにルキーノの心をささくれ立たせた。 それを何とか収められたのは、ジャンの匂いのせいだ。匂いとは言っても、今ジャンから漂う、洗ってない犬の匂いではなく(今からでもシャワーに叩き入れてやろうかと思うぜ)、もっと心を揺さぶるようなそれでいて下半身に直結させるようなそんな。 (あれは、一体何だったんだ?) 今のこいつからは想像も出来ないようないい匂い。あの時ここがデイバンで―――いや、場所なんかどこだっていい。怒りのような感情と、その後に幹部揃って脱獄なんていう理由がなければ、あのままこの金髪の男に食らいついて引き倒して思うがままに突っ込んで揺さぶって、そして中に白濁をまき散らしていただろう。 (猿なんぞに無駄弾撃ってどうする) 取り出した煙草をくわえ、そんなことを思う。 種を残すことは斑類にとって使命と言っていい。最近になってルキーノの周りでも口を酸っぱくして子供を作れ、と言う輩が増えた。もう二年だ、と人は言うだろう。二年―――まだ、二年だ。この思いを抱えたまま、誰かと一緒になる事なんて考えもつかない。 けれど、猫又重種のライオンとして生まれたこの身は、それを許してはもらえない。 なら相手は誰でもいい。孕ませて子供を産ませれば、それで。そうすれば最低限の義務は果たせる。 そんな冷めた考えを持ち始めたここに来て、この様だ。どうしようもない。 溜息をつくルキーノの横で、そわそわした態度のジャンが話しかけて来た。 「―――えーと…そう。それ、吸わねえの?」 「ん?…それって、ああ」 ジャンが言っているのは、先ほどくわえた煙草だった。火を付けていないので、ただの口の慰み物と化している。 「吸わないなら、チョーダイ」 「カヴォロ」 マッチを擦って煙草に付け、見せつけるように煙を吸い込むと、口をとがらせてルキーノを見上げてくる。本当にガキか?お前は。 そんな子供っぽい仕草におかしくなって、煙を吐き出すと共に、ジャンの口に煙草を突っ込んでやった。そんなことをされると思ってもいなかったのか、吸い始めたティーンのようにゲホゲホとむせ返る。 「……あ、んた、なあ!いきなり突っ込むんじゃねえよ!童貞じゃねえんだろ!?」 「相手見て、物言えよ。俺がそんな風に見えるのか?」 馬鹿にしたように眉を上げて見下ろせば、言葉に詰まる。くそうとか何とかぶつぶつ言って、それでもうまそうに煙草を機嫌良くふかし始めた。揺れる金色の尻尾がいい証拠だ。 (……―――しっぽ!?) 慌ててもう一度ジャンを見て確かめる。先ほどあったと思った尻尾は、影も形もない。瞬きを繰り返し、何度も見るがそこにいるのは猿人だけ。 疲れているのだろうか。体力には自信があったつもりだが、慣れないムショ暮らしに自分でも気が付いてないうちに消耗しているのかも知れない。よりにもよって猿人と斑類を間違えるだなんて。 変な顔をしてこっちを伺うジャンには気付かないふりをして、ルキーノは自分の頭に手をやり髪を撫でつける。それをジャンがクンクンと鼻を鳴らしながら不思議そうに見つめていた。 「なあ、ルキーノ」 「なんだ」 「あんた、いい匂いがするよな」 「は?」 眉をひそめてジャンのほうを向く。いい匂いって何だ、いい匂いって。さすがの俺もムショにまで香水の類は持ち込んではおらんぞ。 あっけにとられてジャンを見ていると、すり寄ってきた。一歩、また一歩と。手から落ちる煙草にも気が付かない夢見るような足取りで。 「何だろうなーこれ。すっげ、いい匂い…」 とろり、と溶けるような声で腕の辺りをかいでいる。噛みつきそうなほどに顔を近づけて鼻を鳴らすその様は、まるで犬みたいで。 「コラ、止めろ」 「ん……っ」 舐めそうな勢いのジャンから、腕を取り返す。あっと寂しげな顔をしてそれを見送るジャンに、何だか悪いことをしている気分になった。だが、ここははっきりとさせておかなくてはならない。 「お前なあ、そっちの趣味が―――」 あったのか、と続けようとして、ふわりと今度はさっきとは違う、だけど知っている匂いが立ちこめる。心を揺さぶるような、そして下半身に直結するようなそんな。 あの時と同じ、それはジャンから漂ってきていて。ジャンは甘く溶けた、まるで蜂蜜のような目つきのまま、ルキーノを見上げている。 どくん、と一つ心臓が鳴った。 振り払った際に空いた距離を詰める。ルキーノの一歩にも満たない距離。 誘われるように、自分よりも一回りは薄い肩を掴む。そうして、そっと顔を寄せた。ジャンは、逃げようとも顔を背けようともしない。ただ、とろけるような目でこちらを見るばかりだ。 甘い香り。食べて下さいと言わんばかりのそれは、ルキーノの思考を溶かしていく。角度を少しだけつけて、唇を重ねようと近づけた。ここからも漂う心地よい匂いがルキーノを刺激し、蜂蜜色の瞳が惑わせる。 そうして、ジャンの小さな口を、ルキーノの舌でいっぱいに埋め尽くすべく、唇が触れ合おうとした、その時―――。 カンカンカンカーン…!と前にも聞いた音が二人の間を破った。 鉄格子を叩く音は、そのまま続く。肩を抱いたまま正気に返ったルキーノは、そちらを見上げた。繰り返されるSOS。鬱憤を晴らすかのごとく続けられたその音がしばらく経って止まったとき、ルキーノとジャンの間はまた元のように開いていた。 落ちる沈黙。手持ちぶさたを誤魔化そうと煙草を探るが、さっきのが最後の一本だったらしい。心の中で、カヴォロ!と罵る。 結局、静寂を破ったのはジャンからだった。 「………えっと。お、俺、そろそろ房に戻る、わ」 「ああ」 気まずげに告げられる言葉に、ルキーノはジャンを見ることなく答えた。 去っていく足音。それが聞こえなくなったと共に、力が抜ける。座り込みそうな体をコンクリートの壁にもたれ、支えた。 舌打ちをしそうになる自分を抑えて、ルキーノはまとめ上げた髪が崩れるのもかまわず、がし がしとかく。 さっき、あんな音が聞こえなければ、間違いなくルキーノはジャンを襲っていただろう。この間の衝動なんて比べものにならない、抑えがたい情欲。ムショに入って溜まっているのは確かだが、まさか猿人の男相手に。そんなことはプライドに賭けても認められない。 「ヴァッファンクーロ!」 思い切りコンクリートの壁を蹴った。音が振動して周囲へと伝えるが、また何も聞こえなくなる。いや、自分の心臓の音と、呼吸の音。それだけが鮮明に聞こえた。 さっきまでジャンがいたなんて嘘のようだった。けれど、足下でくすぶる煙草が現実だと訴えてくる。 (くそっ!もう一度、誰か高らかに歌えよ、SOSを!) そうすれば、少しは気も紛れるものを。 むしろ、誰かにこの混乱の答えを求めてSOSを打ち付けたいのはルキーノのほうかも知れない。全く、何の冗談なんだこれは。 ジジジと少しずつ減っていく煙草に靴の裏を押しつけて、わからない苛立ちをぶつけて踏みにじる。まるで、煙草を消してしまえば、先ほどのこともなくなってしまうかのように。 ルキーノがジャンの本当の姿と真実に気付くのは、もう少し後の話。 |
|
2009.09.04 日記掲載 2010.02.11 サイトに掲載 back |