ポーカーフェイス 1


ボールがポケットに落ちた。わっと歓声があがる。
落ちた先はルージュの16。
ひゅうっとジャンは口笛を吹きそうになって、自重した。賭けた先はインサイドベットの3目賭け、16、17、18の連番。当たりである。
ベットしたコインが12倍になってジャンの前に戻ってくる。もう一度歓声があがるが、それは先程とは違い訝しげな声も混じっていた。耳を澄ましてみれば、お上品な声で遠回しにではあるがえらい言われようで。つまりは、イカサマか接待ではないのかと言いたいらしい。インサイドベットで当たりが三回も四回も続けば疑われて当然だ。だがしかし―――
(みなさーん。実力ですよ、実力)
ジャンのラッキードッグという名は伊達ではない。第一、接待で当てて何が楽しいというのか。まあ、イカサマはバレないようにやるなら、それはそれで楽しいんですケド。
いっそ言って回ってやろうかと思うが、共に連れ立って来た男の言葉がよぎって止めた。
ここは、フロリダにあるカジノ。CR:5の若き二代目とその幹部は、二人揃って休暇に来ていた。
昼間は海の上で存分に楽しんで―――推して測ってくれたまえという行為もたっぷりいたした後、夜は髪を撫でつけ正装をし、非合法の社交場であるカジノへと赴いたのである。
ここは比較的お上品だと聞いていたのだが、当て擦るような輩はどこにでも出てくるわけで。
(運も実力の内、って言葉、知ってんのかねぇ)
内心苦笑しながら、集まったコインを額の大きな物に変えてもらった。
元々、このカジノには稼ぎに来たわけではなく、遊びに来ただけだ。負けるとは到底思っていないが、かと言って疑われたまま出ようとしたところを黒服に肩を叩かれる事はご遠慮願いたい。
しかし、ここでまたベットをしたところで、今の自分の上昇具合からして全く外す気がしない。例え一枚賭けをしたところで当ててしまうだろう。―――運がいいのか悪いのか、ディーラの腕もそうよくはないようだし。
そうなってしまっては、さすがに目もあてられない。切り抜ける自信はあるが、せっかくの休暇に自分から厄介事を背負い込みたくはない。
(ま、この辺りが引き際か)
スッと流れるような仕草で立ち上がり、ゲームから降りることを示唆する。そしてコインを数枚掴むとそれをポケットに入れ、横でずっとジャンに話しかけたそうにしていたブルネットのお姉さんに声をかけた。
「どうぞ、シニョーラ」
「え?」
にっこりと笑って手のひらをかざし、彼女に椅子を勧める。その前には、先ほどから貯め込んだコインの山。
ブルネットのお姉さんはジャンから話しかけられて頬を紅潮させたものの、言われた内容が頭に入らなかったのだろう。髪と同じ色をした目を大きく見開いて、ジャンを見ている。
「では」
あくまでも紳士的に、彼女の品のよい服装ながらも強調された大きな胸を目に入れてから、その場を後にした。
何拍か間を置いて悲鳴のような声が上がるが、それはもうジャンには関係ないことだ。
確かにちょっと惜しかったかなと思うが、昔ならいざ知らず。今のジャンにはそこまで魅力的に映らなかったのだから仕方がない。山ほどのコインも、こちらに秋波を送ってくれる色気のある女性も。
どちらも興味はあるが、選ぶならば迷うまでもない。
脳裏にパートナーの顔を思い浮かべ、相手の余りのイイ男ぶりに苦笑した。想像の中でまで男前だなんて、自分はどれだけ彼にイカレてるのだろう。
「さて、と。その相棒さんはどこ行ったんだか」
ハイヤーを降りてカジノへと足を踏み入れてからしばらくは一緒だったのだが、得意分野が違うため分かれたのだ。その時振り返って見た彼は、早速どこぞの美女に話しかけられていたのだけれど。
(あれだけのピッカピカの男だもんなあ…お目が高いって言うか何と言うか)
ジャンといるときは不思議と声をかけられなかったが、一人になった途端それだ。横にいるときにずっと感じていた数多の艶めかしい視線は、雄弁にこっちを見てと言っていた。
だとしたら、ジャンのいない今、ルキーノの周りは本人が望む望まずを限らず、ピッチピチであふれているに違いない。
そう当たりをつけて周囲を見回してみると、どこのテーブルもそれなりに人が集まっている。ほとんどが一見して、それなりの地位にあるであろうと見当がつく人種ばかりだ。
その中で、ひときわ目立つ集団を探す。
目があったご婦人に笑顔を振りまきながら、注意深く辺りをうかがってしばらく、右の方の一角でやたらとキラキラしい―――しかし、極上の女たちがやたらと集まっているテーブルに気がついた。
(―――ビンゴ)
その中心に、座っていても頭一つ飛び出るような長身と見慣れた背中、綺麗にまとめ上げられた髪の毛が見える。集中しているせいか、常日頃ならばジャンの視線にすぐ気がつく聡い男が珍しく気付きもしない。
こちらから「ルキーノ」と声をかけようとして、何か違和感を感じた。
(―――何だ?)
立ち止まって、まじまじとルキーノの背中を見つめる。ポーカーのテーブルについている彼の前にはプレイヤーが一人。つまり一対一、サシの勝負らしい。相手は、ルキーノの身体でよくは見えないが帽子の形から男と判断出来る。
ルキーノの隣を陣取っているのは、真っ直ぐなブルネットとウェーブがかった黒髪の女二人(金髪でなくてちょっとほっとしたのは内緒だ)。
特に問題はないように見える。だとしたら何が―――と、そこまで考えて、ルキーノの髪が揺れるのが見えた。
ドキン、と一つジャンの心臓が音を立てる。
ルキーノ・グレゴレッティという男は傲慢そうに見えるのに結構面倒見がよくて、見る分にも極上、中身を知ればさらに惹きつけられる男だ。それは決して欲目だけではないと思う。
彼の弱点は言うまでもなく手からすり抜けていってしまった者たちで、しかしそれを普段気付かせることは全くといってない。地雷を踏んだときは別だが、それもよほど直接的なことでなければさっぱりしたものだ。
そんなルキーノだが、いつもの余裕の表情からは想像もつかないけれど、人より少し沸点が低いんじゃないだろうかと思うときがある。GDとの抗争時のように弱点をえぐられたり、思いもかけず仲間の誰かが傷つけられたり、そして、誇りを著しく穢されたとき。そんなときの彼は、ジャンでさえ前に立つのも戸惑われるくらいに激高し、髪を逆立てる。まるで、ライオンがその鬣を怒りで震わすように。
今すぐルキーノに駆け寄りたいという衝動がジャンの中でわき上がる。だが、今、ルキーノの手にはカードがあり勝負の真っ最中なことは一目瞭然で。ポーカーというゲームの内容上、それは大変よろしくない。せめてカードが手から離れるまで待つべきだろう。
どうにも落ち着かないジャンの視線の先で、もう一度、髪が揺れる。多分他人はほぼ気付かないであろう違和感。逆立つ一歩手前というそれは、ルキーノが苛立っている、という証拠だった。



2009.07.18

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