ポーカーフェイス 2 *ポーカーの相手が名前はありませんがオリキャラです。苦手な方はご注意下さい |
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ルキーノの機嫌は最悪だった。いや、最悪一歩手前というべきか。 勝負事、しかもポーカーの席でそれを顔に出すような真似はしないが、それでも見る人が見れば自分の苛立ちはわかるだろう―――例えば、ラッキードッグと呼ばれる金髪の相棒とか。 ここに来る前に撫でつけてやった彼の金髪の感触を思い出し、ルキーノの荒れた心が少しだけ収まる。しかしそれも、割って入った声に台無しにされた。 「なあ、あんたから、だろ?色男さんよ」 評するならば多分、涼やかな声と言うのだろう。けれど、言葉遣いがなってない。人を馬鹿にした上からの物言いは、ルキーノの心を遠慮なく煽ってくる。 だが、それだけならば、ルキーノも伊達に何年もCR:5の幹部を務めているわけではなく。まるで何事もなかったかのように、女性たちの間で評判の笑顔でにっこりと受け流してみせるくらいの芸当は朝飯前なのだが。 (問題は、だ。コイツの手口はわかるが、こっちの負けが洒落にならないくらい込んでるって事か…) ゆったりとした振る舞いで配られたカードを手の中で開く。並んでいるのは9とJのツーペア。まあ悪くない手だ。 今日の運勢はほどほど。いつもならばこれくらいのハンドであれば、駆け引き次第でどうとでもしてみせるのだが、今回はマイナスからのスタートなのが痛い。それともう一つ問題があった。 おかげで、目の前でにやにやと品のない顔で笑う男の顔にさえ神経をかきむしられる始末だ。 「で、どうするんだ、あんた。チェックか?レイズか?それとも―――フォルドか?」 「―――チェック、だ」 「ふうん。なるほど…じゃあ俺は、っと」 カードの手札とルキーノを行ったり来たりと男の視線がさまよう。だが男の目は、ルキーノではなくその後ろを捕らえている。 (見え見えの手なんだが…) ここまで露骨だと馬鹿を通り越して、ただの能なしなんじゃないかと思う。わざわざ振り返って確かめたりはしないが、間違いなく後ろにいる誰かが男の協力者なのだろう。つまりは、イカサマだ。 ただ不思議なのは、こうまであからさまなのに誰も騒ぎ立てないことだ。それはもう不自然なほどに。 (さっきもそうだったから、な) 視線を向けると、倒れてしまうんじゃないかというくらい青い顔をしてこちらを見ている女と目が合った。そちらにはにっこりと余裕の顔を返して、改めてカードに向き直る。 「………レイズ!!」 ダンッと音を立てて男がテーブルにコインをたたきつける。何ともはやわかりやすい男だ。これでいっぱしのギャンブラーのつもりなのだから始末に負えない。 ただの能なしのイカサマ野郎がいきがっているだけなら、見逃そうと思っていたのだ。ここは自分のシマでもないし、あくまでも休暇中の身の上である。だが、この男の悪質なところは――― (ご婦人方にも、手段を選びやがらねえってとこだ) ぎらり、と男を睨みつける。ギャングの男でも萎縮する眼光に、一瞬、男が怖じ気づくが、自身の優位を思い出したのか慌てて表情を取り繕う。 「…は、はは。………で、兄さん、どうするんだ?」 「コール。受けて立ってやるさ。―――1枚だ」 コインを上乗せしてから、カードを一枚抜き取って裏向きのままテーブルの中程まで滑らした。そして山から一番上の一枚を取る。ルキーノはそのカードを手で隠したまま、後ろの観客からは見えないように、さりげなくカードとカードの間に挟み込んだ。とりあえずのところ、今回はこれで大丈夫だろう。 「―――…ん、んんっ」 「何か言ったか?あんたの番だぜ」 「……俺は、なしだ」 後ろからのサインを促すためか、男が咳き込むが返事はない。素知らぬ顔でルキーノが訊ねると、ふんっと大きく鼻から息を吐いて、男が意気込む。 「ふうん。自信があるんだな…で、どうするんだ」 ルキーノが顎をしゃくって、先を促す。次のベッティング・ラウンドは先ほどレイズした相手から、だからだ。 男は思案顔で考えていたようだが、肩をすくめて答える。 「チェックだ」 「そーかい。なら、俺もチェックだ」 内心、肝っ玉の小さい男めと散々罵って、ルキーノもベットを終える。そして―――ショーダウン。 「はっ。なんだ、ツーペアかよ。脅かしやがって」 「そっちはスリー・オブ・ア・カインドか。あんたの勝ちだな」 フルハウスを警戒していたのだろう、レイズの一つもサインがなければ出来ない男が、目の前でにやにやと笑う。業腹ではあったが、そんなことはおくびも出さず、澄ました顔でルキーノは答えた。 二人がオープンしたカードは、10のスリーカードと、9とJのツーペア。 ルキーノの負けだ。 男の前にコインが集められる。その差は歴然で、一度や二度の勝負では簡単に追いつきそうにない。 だがしかし、この何度かの勝負で男がどういう戦略なのかはわかった。すぅっとルキーノの目が冷酷に細まる。もっとしたたかな狸オヤジなら厄介な話だが、この程度の小物、例えどれだけイカサマを使われようとも尻の穴の毛までむしり取ってみせる。 (このルキーノ・グレゴレッティをここまで苛つかせてくれたんだ。その礼は、たっぷりしてもらうぜ) どうやったら、この男を立ち直れないまでにぺしゃんこに出来るかと考える。一つ、案がないことはないのだが、ただ、それを一番効果的にするには自分では少し、役者が足りない。どうしたもんかと思案していると、後ろから呑気な声をかけられた。 「よう、ルキーノ。調子はどうよ―――って何だ。負けてるのけ?」 振り返ってみると、肩越しに見えるなめらかな金髪。先ほどルーレットに行くと言って別れたジャンが、ちょうどルキーノの斜め後ろを陣取っていた。 「―――ジャン!お前、何でここに…」 「んー?ああ。それがさあ、ちょっと聞いてくれよ」 そう言って、そっとルキーノの肩に腕を回し顔を近づけてくる。囁かれた言葉はイタリア語だった。 「………ルキーノ、何熱くなってんだよ。もっと落ち着いて行こうぜ?」 「ははっ。いきなり来てそれか。やっぱお前にゃ、わかるか?」 「そりゃ、な。何と言っても、相棒ですし?」 「―――相棒だけ、か?」 「いやん、ルキーノったら。昼間のこと、もう忘れたの?」 他愛のない軽口をたたき合う。心が穏やかに落ち着いていく。このタイミングでルキーノに声をかけてくる辺り、さすがとしか言いようがない。 お互い小さくクツクツと笑う。ジャンの目がもう大丈夫だな、と言っていた。どこから見ていたのかはわからないが、心配をかけてしまっていたらしい。 「で、あっちの―――あんたの相手。ここのカジノの、オーナーの息子だって?」 「ああ、なるほど。それで、か」 この微妙な空気や今までの見逃しに対してようやく少し合点が行く。それにしても、イカサマの上に見逃しという接待までしてもらうとは、とんだ坊やもいたものだ。 「さっき他の奴が言ってた。この辺でも名うての有力者らしいな。それを笠に着て、やりたい放題だってさ。ま、今まではそれでも、相手はちゃんと見てたらしいけど?よりにもよって今のあんたにケンカふっかけるとは、命知らずにもほどがあるよな。俺なら絶対ゴメンだね」 「つれないお言葉で」 「事実だろ?」 ジャンの自分に対する評価に苦笑する。だが、そこまで高く買ってもらっていることが誇らしくもあった。 「まあ、俺に売られたケンカじゃないんだがな」 「あれ、そうなの?」 「ああ。ちょっと見過ごせなかったんで、な」 ふうん?とジャンが腑に落ちないような顔でルキーノを見た。売られたケンカは確かに買うが、人に売られたケンカを進んで買うようなお節介野郎でないことは、ジャンが一番よく知っているからだろう。 しっかし、とルキーノは前に座る男のにやけた顔を見て独りごちる。 「…タマネギから薔薇は出来ないって言うらしいがな…」 「タマネギから薔薇?」 「こっちの話だ―――ところで、ジャン。お前、コインはどれだけ持ってる?」 ルキーノが出せよとばかりに手のひらを向けると、ジャンはポケットをごそごそと探り出した。 「コイン?んー、そんなに量はないぜ?さっき隣にいたお姉さんにほとんどあげて来ちまったし」 「あげたって…ルーレットの当たりをか!?お前なあ…ベルナルドが聞いたら泣くぞ?」 「ここには遊びに来たんだって言ったの、あんただろ…とあったあった」 ジャンが差し出したコインは黒の100ドルと緑の25ドルが数枚。上出来だ。これなら十分いける。 そこでルキーノは椅子から立ち上がり、右側の女性に話しかけた。 「シニョーラ。申し訳ありませんが、この方にその場所をお譲りいただけませんか?―――ほら、ジャン。特等席だ」 「へ?あ、ああ。―――申し訳ない、失礼します」 「ありがとうございます、シニョーラ」 黒髪の女性はせっかく陣取っていたルキーノの隣を明け渡すのは大いに不満そうだったが、ルキーノが極上の笑顔で礼を言うと頬を赤く染めた。代わりに右に立ったジャンがそれを見て、呆れたように呟く。 「あんた、よくやるよな…」 「なんだ、妬いてるのか?心配しなくても俺にはお前だけだ」 「………言ってろ」 ウインク一つ、イタリア語でジャンに囁きを贈るとつれない言葉が返ってくる。しかし、先ほどの女性ほどではないが少し頬が赤くなっているのをルキーノは見落としはしない。他人に聞かれてもわからない言葉だと思っていても、人前ってのは気になるらしい。 そんなうちのお姫様に微笑んでから、ルキーノは表情を引き締める。 「なあ」 「ナンデスカー?」 「―――そこにいてくれよ?ラッキードッグ」 ジャンが眉を上げてルキーノを見た。そんなジャンに、ルキーノは厚い唇の端を持ち上げる。 「お前がいてくれりゃ、俺も賭けてみようって気になる。ルーレットだけじゃ物足りんだろ」 「アラ、まあ。何か企んでるイイお顔」 「そんな顔していても、イイ男だろ?」 「そりゃあもう。見惚れるほどに、な」 ジャンのお墨付きをいただいて、ルキーノは、今度は嘘偽りない余裕の表情で前を向く。 役者はそろった。さあ、ここからがショータイムだ。 |
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2009.07.19 |
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