ポーカーフェイス 5
*名前はありませんがオリキャラが出てきます。苦手な方はご注意下さい


全く、とんだパーティだ。
月が建物に隠れる暗がりの道。歩くと、どこからか女たちが姿を現した。
カジノにいたのとは全くタイプが違う女たち。近くの娼館の客引きなのか(にしてはあからさまだ)個人で客を取っている娼婦なのか判別はつかなかったが、徒歩で移動するルキーノとジャンを獲物と見定めて、甘い声でしなを作り迫ってくる。
けれど二人の、一目見ただけでいい物とわかるスーツを見て首を傾げ、視線を上げて顔を目の当たりにするとどの女も一様に目と口を開いて押し黙った。その間を狙ってすり抜けていく。
そういえば昔、ジャンに言ったことがあった。うちの娼館で雇ってやる、と。赤毛だと言っていた―――名前も顔も思い出せない女と並べて店に出してやろうと。今となっては笑いぐさだ。もし、何かの間違いでそんなことになりでもしたら、店に出したその手を返すように、すぐさま引き取るだろう。
(わかってんのか?カポ・デル・モンテ殿)
先ほどまでの堂々とした態度が嘘のように消え不安げに後をついてきている手を引きながら考える。ジャンのしぼんでしまった風船のような様はルキーノの雄の部分を刺激して仕方がない。そんなこと、この金髪の男は気が付いてもいないだろうけれど。
(そんな様子見せてると、食っちまうぞ?頭からがぶり、ってな)
ただでさえジャンの弱ってる顔に弱いという自覚がある。しかもそれが自分のせいとなればなおさらに、だ。冗談抜きで今すぐにでも、横に見える狭い路地に連れ込んで壁に押しつけ、暴いて止めろという口をふさいで。嫌がる顔を堪能しながらそのまま突っ込んでやりたい衝動に駆られる。
けれど。ルキーノは、大げさなまでに反応を返すジャンの手をもう一度、しっかりと絡み合わせて握り直した。
このまま衝動に身を任せることはできない。かといってホテルに帰ってしまえば、間違いなく全てをうやむやのままジャンを手ひどく抱いてしまうだろう。
話をするために―――いや、この場合、頭を冷やすために、だ。車を断ったというのに、それでは本末転倒になってしまう。
去る間際、男が彼女を名前で呼んだのは誤算だった。ジャンには気付かれたくなかった。気付かれなければ、こんな風に余計な気を回されることも不安にさせることもなかったはずなのに。
アリーチェ。そう、彼女が呼ばれるまで、ルキーノはただ眺めているだけの傍観者だった。
男のやり方は、何も知らない素人の女を相手にするにはちょっとばかり眉をしかめる物だったが、傍にはきちんと騎士がついていたようだからわざわざ口を挟む気はなかった。それに普段のルキーノならもっとスマートに、騒ぎにならないやり方を選んだだろう。
なのにその名前を聞いた途端、体が勝手に動いて。気づけば衆目を集めるように音を立ててテーブルに手をついていた。
聞いただけで癒えない傷がうずいてたまらない気持ちになる。ルキーノの心の一角を持って行ってしまった二人。失っても―――失ったからこそ、色褪せることなく思い出せる、幸福。
アリーチェとは、あの子とは似ても似つかない年も髪も目の色すら違う、ただ名前が同じなだけの女。けれど、どうしても耐えられなかったのだ。他にいくらでもやりようはあったのに割り込まずにはいられなかった。
(ジャンが来なけりゃどうなってたことか…)
ちらり、と歩く速度を緩めて絡めている手の先の、ジャンを見る。何?と首を傾げるさまは年齢よりも幼く見えた。
ジャンは確かに幸運の女神に愛されている。そのことはもう身に染みるほど理解している。
けれど、そのラッキーも自分を信じて賭けられるほどの度胸がなければ意味がないということに一体どれほどの奴が気づいていることだろう。
追い詰められてもいつだって大丈夫だと笑うジャン。自分以外の誰かの命まで背負って不敵に、ラッキードッグに任せてみろよと笑って――そのくせ手を汗でびっしょりと濡らすのだ。
そんなこの男の隣で、お前なら平気だと肩を叩ける存在になりたいと思った。
あれほどまでに信じてると、そう言ってくれる存在はこぼした幸せからこっち一人もいなかった。そんな奴に会える奇跡なんてもう起こらない。起こらない、はずだったのに。
―――だから
「ル、ルキーノ?」
いつの間にか足を止めていた。こちらを見上げる蜂蜜色の瞳。月明かりに照らされる金髪は、えも言われぬ雰囲気を醸し出している。周囲に人影はなく、面と向かって話すには絶好の場所だった。
「…あんまりそんな目で見るなって、いつも言ってるだろ?」
けれど、ルキーノの口からはそんな言葉しか出てこない。そっとジャンの頬にCR:5の刻印の入った右手を沿わせ、人差し指で意味ありげに耳の縁をなぞる。それだけでみるみるうちに顔を赤くして髪の毛を逆立てるジャンは、犬というよりは猫のようだ。
「そんな目ってどんな目だよ…ちょっ、止めろって」
左手で耳を押さえてジャンが体をひねる。それだけでルキーノの右手は頬から離れてしまった。
それを、まるで拒絶されたように感じてしまう。
苦く笑って握った手をポケットに戻そうとした。その腕を、手首を、追ってきた細い指にしっかりと握られる。そうしてルキーノを見上げるジャンの揺れる瞳の中には、ルキーノと月が映っていた。
「は、なし…すんだろっ」
ああ。この気持ちを、ジャン。お前に一体何と言って伝えたらいいんだ?
「………話、そうだな、話だ。だが、それより先に―――」
「へ?……わっ!」
「キス、させろ」
握られたままの手首をこちらに引き寄せる。ポスンッと音が立ちそうな勢いでジャンの顔がルキーノの胸に飛び込んできた。見上げるジャンにそのまま覆い被さるよう、噛みついた。
「はっ………んんっ…ちょっ、る……んっ」
何か言おうと唇をずらすジャンを無理矢理引き戻して、もう一度深く深く重ねる。舌を絡め取り擦り合わせ、唾液を上から注ぎ込んだ。
ジャンの体から力が抜けていく。掴まれていた手首から手が離れたことをいいことに、逃げられないように腰を掴む。もう、そんなことをしなくてもジャンは逃げないと知っている。でも、それでも。
おずおずとルキーノに応えるように擦り合わされる舌が嬉しくて、一度唇を離してから、もう一度もう一度と何度も繰り返した。
「………んっ、いっっ」
ルキーノの口の中にジャンの舌を引っ張り込む。それを犬歯で甘噛みをすると、くぐもった声が上がった。その声すらも刺激になって仕方がない。ジャンの舌を自分の口に残したまま、するすると絡ませながら、繋がっている口腔へと潜り込ませた。
舌の付け根を撫でるように舐め回し、上顎へと移る。そうやって、ジャンの全てを浸食してしまいたい。
「はぁっ………んんっ、ふっ……」
「―――っ、ふぅ」
唇を離したのはどちらが先だっただろう。銀糸が垂れ切れる様を目で追って、ルキーノは息をついた。
今のキスで、先ほどまで二人の間を漂っていた神妙な空気は消えてしまった。結局うやむやにしちまったな、とルキーノは自嘲する。
ジャンはルキーノの首もとに顔を埋めて、心音と同じリズムで肩を上下させている。ちょっとばかりやり過ぎてしまったかもしれない。顔を覗き込もうとすると、ルキーノのスーツの襟元を掴む手に力が入った。
「……ジャン?」
「…くそっ、は、なしするって、言った、…くせに……」
「―――すまん」
「謝ん、なよっ!謝ったら……俺は、あんたを、許さなきゃいけなく、なるだろ…!」
「そうだな。―――すまない、ジャンカルロ」
「くそっ!」
ルキーノの首元に埋められた顔は上げられることなく、ジャンの腕が代わりのように振り上げられた。詰られることも仕方ないと、ルキーノは俯いたジャンのつむじへと視線を落とす。
けれど。腕は振り下ろされることなくルキーノの首へと回った。ぎゅっと力が込められ体重をかけられる。ルキーノが重さに任せ、ジャンの首筋に近づいたそのとき。聞き逃しそうな声で、許してやるよと囁かれた。
そっとジャンを包むように腕を回す。温かい体。相変わらず細い腰はルキーノの腕に余るくらいなのに、ちゃんとその存在を確かめさせてくれた。
「……ジャン」
何かを伝えたいがやっぱり形にならない。言葉を探し考えたが、結局いつもの軽口に落ち着いた。
「―――お前、また痩せたんじゃないか?もう少し、肉をつけろよ」
「誰かさんが毎晩毎晩、エロい運動させるからだろ!」
にやりとルキーノの腕の中から見上げ答えるジャンは、いつものジャンだった。首に絡めていた腕が離され、トンッと踵を立ててステップ一つでルキーノの腕の中から、細い体はするりと離れて行った。そして、何事もなかったかのように、右手を夜空に突き出し、大きく伸びをしている。
「んんーっと。…さーて。ホテルに帰りましょーかね」
「それは、戻って続きをして欲しいっていう、ワンワンのおねだりか?」
「なっ!んなこと言ってねーよ!」
ジャンがルキーノに向かって思い切り舌を出した。まるでガキのような仕草に、肩をすくめて苦笑する。
そんなルキーノに対し、ジャンは眉をしかめて一瞥すると、ホテルへと向かって大股で歩き出した。その一歩後ろをゆっくりとついて行く。
こんな事だから、自分はずるい、わがままな男だと言われてしまうのだろう。けれど、同時にそれを享受してくれるジャンに感謝している。だから、いつか……いつかジャンに伝えたいと思う。自分のもらった幸福を、その思い出を。
―――そして、お前に出会えたという幸運を。
カツンカツン、と二人分の足音が夜の暗がりにこだまする。さきほどまで姿を見せていた女たちは幻だったのかのように見えなくなっていた。
静まりかえった道。まだ宵のうちだというのに辺りの建物には電気もついていない。まるで、何かに怯えて息を潜めているかのようだ。
カツンカツンカツン。聞こえる革靴の音。ホテルまではあと少し、3ハロンほども歩けば着くという距離に来たとき。
「なあ、ルキーノ」
前を歩くジャンが歩調を落とした。後ろも向かず、話しかけてくる。ルキーノは足取りを変えず、さりげない様子でジャンの横に並んだ。
「……なんだ?」
「引き際ってさ、大事だと思うんだが、あんた、どう思う?」
「そうだな……それを心得てない奴は、女にモテなくて当たり前だ。きっとカードも弱いに違いないさ。そして―――」
ジャンを背に庇い、ちらりと視線を横の路地へと向けた。胸元のホルスターに入った愛銃が主張を始めている。
「あんな顔をしてるんだろうぜ」
ルキーノの言葉と共に暗闇から現れたのは男たちだった。数は一、二、三―――全部で五人。それぞれが鉄パイプなどの獲物で固めている。だが、数の絶対性を信じているからなのか、幸いなことに銃を出している奴はいない。
月が建物の影から出てきた男たちの影を伸ばす。真ん中に立っている男が、ニヤリと笑った。
「先ほどはどうも。お世話になりまして」
かぶっている帽子を取って大仰に礼をする。嫌な感じに笑うその男は、先ほどルキーノがカジノで負かした男だった。



2009.10.04
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