ポーカーフェイス 4
*ポーカーの相手が名前はありませんがオリキャラです。苦手な方はご注意下さい


観客が沸いた。「まさか」とか「信じられない」という言葉が次々と交わされていく。
ルキーノが開けたカードは、仲良く並んだ絵札三枚とAと10。しかもお揃いのハートというおまけつき。―――ロイヤルストレートフラッシュ。誰が見たって文句なしの、ルキーノの勝ちだ。
ジャンはその結果に、気付かれぬように胸をなで下ろす。ついでにちょっと身体から力が抜けそうになるが、それは横の赤い髪の男が、そっと腰を支えてくれた。
「あ、」
「さすがだな、ラッキードッグ。この場面でこの引き、なんてな」
「―――俺が引いたわけじゃねえよ。あんたと俺がいたからこその引き、だろ?」
「可愛いこと言ってくれるじゃないか。衆目の前じゃなきゃ、引き倒してるところだ。―――このままお前を担いでホテルに連れて帰ってもいいんだが…残念なことに、引き際ってのを心得てないやつがいる」
「…金ってのは本能も狂わすな。誰にだってもっと大事なもんあるだろうに」
「それがわかってるなら最初から吠えつきゃしねえよ」
ルキーノとジャンがそっと囁きを交わす。二人で目を見合わせ苦笑したタイミングに、その心得てない奴が、コインをひっくり返す勢いでテーブルに拳を叩きつけた。
「イ、イカサマだ!!!!」
男がルキーノを指さし、大声を張り上げた。ルキーノはやれやれという風に、片眉を上げて半目で男に目をやる。
「チェンジも無しにそんなハンドだなんて、有り得るわけがない!イカサマだ!」
「おいおい、あんた…」
ルキーノは相手の言い分を聞いて、呆れたように肩をすくめる。
「黙って聞いてりゃ、ずいぶんな言いぐさだな。そっちだって、ストレートフラッシュ。大した役だ。なのにこっちだけイカサマだって?」
「俺は違う!―――それにさっき言ってたよな、あんた。イカサマじゃないって。そんなこと言うのがまずおかしいじゃないか!」
今回の俺は違う、が正しいんじゃネーノ?と、ジャンは内心突っ込みを入れる。大体、そんな前置きしてようがしてまいが間違いなく関係なかったはずだ。自分の行いにやましいところがあるから相手のこともそう見えるんです、と昔よくあのタフネスばば…いや、コホン―――院長閣下が言ってたもんだ。さすがマンマ。あんたの言うことは正しい。だから鞭は止めてね。
周囲の客たちも、今更何を言い出すんだという雰囲気だった。けれど男はそんなことには気付きもしない。
「そっちにそういうつもりがあったから………」
「あんたの主張はわかった―――あくまでもイカサマだって、そう言うんだな?」
ルキーノは片手を上げて、男を制止する。それまで余裕を見せていた眼光が、一層鋭く迫力を持って光った。男は目に見えるほど気圧されたが、目の前の大金がどうしても譲れないらしい。
「あ、ああ」
「ほう。なら、好きにするがいいさ。テーブルを調べるなり俺の身体を調べるなり、何なりと?―――だが」
ルキーノは、顔から笑みを消した。暖かさというものをなくした温度のない目で男を見据える。向けられただけで背筋から凍り付いちまいそうなゾッとする目。人殺しなんて何とも思ってない、コーサ・ノストラ―――ドン・グレゴレッティとしての目だ。
「出てこなかったその時は、こちらの好きにさせてもらう」
そう言ってルキーノは、許すのはここまでだ、と明確に線を引いた。
「あ………」
男の血の気が一気に下がる。自分が何を―――どういうのを相手にしているのか、ようやく気がついたらしい。ルキーノの目から逃げるように周囲を見回すが、男と目を合わす者はいない。
男も自分の言い分がどういうものかはわかっているのだろう。今ならまだ、選択肢はある。けれど、ここでごねて何も出なかったら。
「で、どうする?」
口元だけで笑って、ルキーノは男を促す。男は既に戦意を喪失していて、もうルキーノと視線を合わすことも出来ない。
「………くそっ…覚えてろっ!」
椅子を蹴り倒す勢いで男は立ち上がり、聞いたことのあるような捨て台詞を残して去っていった。その後をルキーノの後ろにいた男が三人ほど続く。なるほど、あれがお仲間さんだったわけね。
いつの間にか、しんっと先ほどまでの喧噪が嘘のように静まりかえっていた。
痛いほどの静寂の中、ルキーノは淡々と左手首にブレゲを直し、立ち上がる。横の女が怯えたように一歩後ろへ引いた。そんな女にルキーノは微笑みを一つ贈ると、後ろに向き直る。そして、右手をゆっくりと胸の辺りにかざし芝居がかった調子で頭を下げる。
「皆さん、お騒がせいたしました。私たちはこれで失礼いたします。―――ああ、そうそう。シニョーラ」
周りの奴らがそれでもまだ一歩引いている中、ルキーノは少し離れたところに立っている、例の女に声をかけた。彼女は石化を解かれたようにこちらへと近づいて、ルキーノの前へと立つ。
彼女を見るルキーノの目は、先ほどとは打って変わり優しかった。まるで慈しむような目だ。
「あ、あの…」
「あなたの問題でしたのに、横から出しゃばった真似をしてしまい、申し訳ない」
「い、いえ!私、無理矢理この席に連れてこられて、どんどん負けてしまって…どうしていいかわからなくって…だから…ありがとう、ございます…!」
がばっと音が立つくらいの勢いで、深々と頭を下げた。要約すると、さっきの男に目をつけられて気付かない内にイカサマで追い込まれたところを、ルキーノが助けたって事なんだろう。
しかし、カジノなんかにゃ不釣り合いな女だった。着ているものはそこそこだが、それにしてはお育ちがよすぎやしないか?一人でこんなところに来るようには見えないから、どこかに連れでもいるのだろうか。
「それならよかった。―――シニョーラ、ここはあなたには不似合いだ。お帰りになることを勧めますよ」
そう彼女に告げると、行くぞとルキーノはジャンの肩を叩いて歩き出した。ジャンも慌ててその後を追う。女は止めようとするが、ルキーノはそれを手の仕草一つで辞退した。
大股で真っ直ぐに歩く大男のルキーノの後を追いかけるのには少しばかり骨が折れる。小走りについて行くジャンがちらりと振り返った先で、女がまだ頭を下げているのが見えた。律儀なことだ。そういや、テーブルの上に残っているコインはどうするのかね、とそんなことを思っていたときだった。
女の傍に、あれは知り合いだろうか?男が一人、駆け寄った。先ほどの勝負を見守っていた観客の一人、だろうか。それとも、あれが連れなのか。着衣が変に乱れているところを見ると、もしかしたらどこかで仲間の男たちに抑えつけられていたのかもしれない。
男が口を開いて、彼女を呼んだ。

「アリーチェ、大丈夫か!?」

(―――え?)
騒々しさを取り戻した中で、その名前はするりとジャンの耳に飛び込んでくる。
(今、何て………)
男はもう一度、女を呼ぶ。「アリーチェ」と。珍しくもない名前だ。女は多分、イタリア系だった。けれど、それは。その名前は。
がしり、と二の腕を掴まれ、ジャンは自分の足が止まっていたことに気がついた。掴んでいる手から順に肩から首、顔へと視線を向ける。見上げた先にあるのは、赤い髪と何もかもがデカイパーツ。ルキーノだった。
「ジャン、どうかしたのか?行くぞ。―――それとも、まだ遊び足りないっていうのか?」
「あ、ああ…いや、もう今日は、別に…」
ルキーノの厚い唇の端が上がって、軽口を叩く。そんなルキーノに、ジャンはそっと首を振ることしか出来ない。
「そうか。……なら、ホテルへ戻るぞ」
促され、人の間を縫ってフロントへと向かう。しかしジャンの背中は全身が耳になったみたいに、先ほどの二人の声を拾おうとする。結局、それ以降は何も聞こえなかったけれど。
クロークに札を出して、預けていた貴重品―――銃などを受け取った。横でルキーノが車を出してもらうよう伝えているのが、まるで遠い世界の出来事のようだった。
それほどに今のジャンの頭の中では、先ほどの事がぐるぐると繰り返されるように回っている。
ルキーノには聞こえなかったのだろうか。それともわかっていて何でもないような態度を取っているのか。
どちらにしたって知らないはずは、ない。あれだけ苛立っていたルキーノ。普段なら買うはずのない人のもめ事。ようやく―――ジャンの中でカチリとパズルのピースがはまる。
だから、こいつはあんなにも髪を逆立てるような気配を出していたのだと。
気付けば、ジャンはじっとルキーノの顔を見上げていた。相変わらずの色男だ。十人女がいれば十人とも振り返るであろう、そんなピッカピカの。
その顔には動揺なんて欠片も浮かんでいない、ポーカーフェイス。自分ばっかりがこんなにうろたえている。いつもルキーノには振り回されてばかりいる気がする。さっきまであんなに、色んな表情を見せていたくせに。
ふと、ルキーノと目が合った。ジャンは慌てて表情を取り繕うが、出来た自信がない。きっと顔には、引きつった笑いが浮かんでいることだろう。
ルキーノはそんなジャンを見て、溜息をついた。びくり、と身体がこわばる。
「ジャン、お前……―――そうだな、ちょっと二人きりで散歩でもするか」
「へ?」
そう言うと、ルキーノはジャンの承諾なんか得ずに行動を開始する。待っていた車を断ってジャンの手を掴むと、出口へと向かって歩き出し、そのまま夜のフロリダへと躍り出た。



2009.07.26
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